hujan

晴天の空に降る雨
第1話

出発

「生まれ変わりって本当にあるんでしょうか?」後部座席から黒髪の女性が声をかけた。ホテルに迎えに行ってからここまでの道中、彼女はあまり口を開かなかったので運転席の森嶋孝之は少し驚いた。「ある、と少なくともバリの人たちは考えてるんじゃないかな。僕自身は半信半疑だけどね。」片手でハンドルを操作しながら森嶋は静かに返答する。「昔大切に飼ってた犬がいたんですけど、私が高校生の時に病気で死んじゃったんです。私、学校にあまりなじめなかった分、ほんとに長い時間その犬と過ごしたから、きっとすぐに生まれ変わって戻ってくるって信じてたんです。」車はトパティからウブド方面へと進み、背の高い建物もそれにつれて少なくなっている。後部座席の女性、白石綾香はそのまま話を続けた。「でも当然戻ってこないですよね。その後も二匹の犬を飼いましたけど誰もそれがあの子の生まれ変わりかどうかなんてわからないですよね。」「…わからないのかもね。でもこっちの人は赤ちゃんが産まれるとマンクー(僧侶)に伺いをたてに行くよ。新しく生まれたこの人は誰の生まれ変わりでしょうか?って。」そう答えると「だとしたら魂みたいなものって存在するってことですよね。じゃないと生まれ変われないもの。」それ以上の返答はいらないという合図なのだろうか、彼女はそれだけ言うと窓の外へと再び視線を移した。バックミラーに映る長いまつげにやや光を欠いたようなまなざしが妙に印象に残った。きっと亡くなった夫のことを思っているんだろう。ギアの脇のドリンクホルダーに置いてあった飲みかけのアクアのボトルを手に取って森嶋は一気に飲み干した。ここ最近のバリ島は例年にもまして暑い。せめて車内クーラーくらい完璧に直しておくんだったと後悔した。
 クタのホテルを出て一時間半。車はウブドのプリアタン王宮の前を通り抜けそのまま北上していく。大きな石像の立つ交差点を過ぎるとアンドンだ。ここには昔から木彫りやアイアンの雑貨や家具などの卸屋が立ち並ぶ。普通の観光客であれば目移りしてテンションを上げそうなものだが、綾香はただ静かに車窓の景色を眺めている。その眼には色鮮やかに塗られた鉄の魚の壁掛けや、キリンの木彫りなどは映っていないのかもしれない。バリの観光案内をするのはいつものことだが今回のゲストは勝手が違う。話しかけるべき言葉を考えては飲み込み、森嶋はひたすらに車を走らせた。
 森嶋の兄が亡くなったのは三か月前のことだ。日が経っても未だにそのことを受け止められずにいる。 

続く