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ウブドより愛をこめすぎず 第6話

在住の男

 「さ、そしたらそろそろ帰りマショ。むこうの大家さんにはデンワしておきましたから、明日こそはお店見にかないとネ。」大ぶりな皿に残っていたプチトマトを口に放り込んでプトゥは席を立った。「そうだね、けど今日はもう一杯だけ飲んでくことにするよ。また明日お願いな。」「またバイクで転んだ~!なんてデンワはやめてクダサイよ。」笑いながら言うと彼は店の外へと歩いて行った。
残された南田はそばにいた店員に追加でビンタンビールを頼み、ついでにWifiのパスワードを尋ねてスマートフォンを取り出した。ピコンと音が鳴ってLINEで通知が一件。なんのことはないスタンプをもらうために登録した企業の宣伝だ。軽くため息をつきながらワルンの外の風景に目をやる。暗がりの中を欧米の観光客が途切れ途切れに歩いている。道端には夕方に供えられたチャナンが無造作に置かれていて、遠くからはガムランの音が聞こえてきた。バリなんだなあと改めて自分がここにいることを噛みしめる。運ばれてきたビンタンビールとピーナッツに手を付けながら、こんな時間が当たり前のものになったらなんて素敵だろうと南田は思った。昨夜バリについてからの一連の不運も特別な時間のはじまりのような気がしてくる。それは決して南国のビールのせいだけではないはずだった。
「ひょっとして日本の人?よくここ来るの?」と、突然後ろの席から日本語で声をかけられて「あぁ、はい。日本人ですけど・・・。」慌てながら南田が応える。「だよねー。日本語喋ってたもん。じゃあ聞くなよ!って話だけどね。はっはっは!」「は、ははは。」急に現実に引き戻されたようで戸惑いながら愛想笑いしていると男は一緒に飲んでもいいか?と聞いてきた。なんでも今日はたまたま一人でご飯を食べに来たので話し相手が欲しいらしい。
テーブルの上に残っていたイカの唐揚げとおそらくアラック(椰子焼酎)が入っているであろう小さいグラスを持って男は南田の正面に腰を下した。歳は40代後半か?少しパーマのかかったような長髪に薄汚れた派手なTシャツ、そして短パンにビーチサンダル、店員とは流暢なインドネシア語で喋っている。
「こちらに住まわれてるんですか?」「ん?そうそう。やっぱりわかる?」「インドネシア語がお上手ですし雰囲気がやっぱり。」「住めば住むほど日本人離れしてきたって言われるんだよ、やっぱり食べ物?臭いだって変わってくるんだから。俺臭くない?はっはっは!ところでお名前は?」「僕は南田といいます。」「南田さんか、俺はミノル。ここに住んでもう7,8年になるかな。よろしく。」

つづく