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ウブドより愛をこめすぎず 第8話

裸の老父

「そんな!ウソでしょ!?だってまだ誰も見に来てないって…。」宿に用意してもらった朝食のバナナジャッフルを平らげたところでプトゥからの電話を受け、南田は驚きの声を上げた。「わかった。うん。ともかく待ってる。よろしく頼むよ。」電話を切ると慌ただしく顔を洗って服を着替えた。そわそわと部屋の中を歩き回りながらプトゥの迎えを今か今かと待ちあぐねる。わずか十分にも満たない時間の流れがとても遅く感じられた。しばらくするとバイクのビッビーというクラクションの音がして南田は外に出た。日差しは強烈で思わず目を細めながらプトゥのもとに駆け寄る。手渡されたヘルメットをかぶりバイクの後ろにまたがると大きくアクセルをふかしてバイクはハヌマン通りへと走り出した。
 「それで、本当にその場所は借りられちゃったの?」バイクの後ろから南田が話しかける。聞き取れなかった様子のプトゥに今度は風の音にかき消されないよう大声で尋ねた。「そうみたい。電話でも言ったけど今朝契約を決めたから、と大家さんから連絡がありマシタ。」「でもデポジット(前金)はすでに渡してるんだよね?。」「もちろん!だからダイジョウブ。ちゃんと話にいきましょ!」バイクはウブドの大通りを過ぎてハヌマン通りへと左折していく。
この道に自分の夢をかなえる場所があるはずなのだ。煙のように無くなるなんて許されない。
 バイクはやがて白い壁の建物の前に止まった。横幅6mくらいで屋根はバリ式の瓦が並んでいる。シャッターが下ろされているので奥までの長さは見えないがそれなりの大きさに見えた。お店の脇の階段をプトゥが先導するようにして登り、大家の住むであろう奥へと南田は続いた。敷地内は静まり返っており、人気があまり感じられない。「Om swastiastu wenten aji…」プトゥが大声で呼びかけるとこじんまりとした部屋の一つから上半身裸の老父が現れた。
 「スラマッシアン。ナマサヤミナミダ。」バリ語での会話が続いたあとプトゥに促され自己紹介をすると老父は満面の笑みで南田の手を握り返してきた。それから老父は何かを伝えるべくしきりに喋りかけてくるのだが南田にはまったく理解できない。「プトゥさんごめん。なんて言っているの?」困惑しながらプトゥに助けを求める。「アドゥー、やっぱり家の前のあの物件、今朝来た人に貸しちゃったんだって。」「えぇ!なんで!デポジットを払えばとりあえずは仮押さえできるはずじゃ…。」「デポジットは返すと言っています。まいったね…。」

つづく