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ウブドより愛をこめすぎず 第2話

渡航前夜Ⅱ

 潮時、というものが有るのかも知れない。そしてあるとすればそれは今なのだ。倉庫の中におびただしく並ぶ不良在庫の山を眺めながら、有限会社ノーズファクトリー社長、山岸実は立ち尽くしていた。
 社長と言っても名ばかりで最盛期十名を越えた社員たちも今ではたったの一人。サラリーマン時代に蓄えた開業資金もいよいよ底を尽きかけていた。
「山岸さん、いい加減給料だけは先に払っておいて下さいよ!」最後の従業員、柊真由美が小太りの体を微妙に揺らしながら倉庫に入ってきた。
「もちろんわかってるよ。3か月も待ってもらっちゃったもんな。本当に申し訳ない。」目を細めながらさも申し訳なさそうに山岸は頭を下げる。「けど大丈夫。それぐらいのお金はちゃんと残してあるから」山岸は余裕たっぷりにそう言った。彼はいつも自信に溢れている。その端正な顔立ちと、堂々としたふるまいに誰も疑いを向ける者はいない。しかし銀行口座の残りが十万を切っても堂々としていられるのはもはや経営者の器ではなく詐欺師のそれに近い。
「もう今日もらえないなら私、警察にでも行って捕まえてもらいますよ。この人詐欺師です!って。」空調が止まっている倉庫内はよほど暑いのだろう。額には玉のような汗がにじんでいる。
「バカ言うな俺のどこが詐欺師だよ。給料はもう振込む用意ができている。あと一つ決済が済めば、おそらく明日中には君の口座に振り込まれるよ。もうここまで来て嘘をつく気は俺にはないよ。」山岸は真由美の目をまっすぐ見つめてそういった。それでも真由美の一重まぶたの下に輝く瞳からは疑いの光が消えない。
「本当ですね。私だって生活がかかって・・・」と言い終わる前に山岸は彼女の丸いほっぺたにキスをした。そのまま両腕を回し彼女の肩を抱えながら「大丈夫、心配いらない。」耳元でそう囁いた。しかし銀行にお金がない以上、二度と会うことはあるまい。彼女との関係はこれで終わりだろう。肉肉しい抱き心地が少しだけ惜しい気がした。
 翌日、手を付けてはいけない会社名義の資金を全額引き下ろして山岸は空港へと向かった。
「ヤマさん、いい建物がミツカッタンデスヨ。」バリの友人が興奮気味で電話をかけてきたのは半月前。前々から打診していたバリ島ウブドの店舗物件にいいのが見つかったらしい。「ダメで元々ってやつかねえ。」力強い足取りで山岸は日本を離れて行った。

つづく