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ウブドより愛をこめすぎず 第3話

 

訪れる吉兆

部屋の前から鶏の大きな鳴き声とそれを追いかけてるらしい犬の鳴き声が聞こえてきて柊真由美は目を覚ました。それほど大した音でもないのに目が覚めたのは昨夜のお酒がまだ残ってるからだろう。真由美は飲みすぎた次の日のお決まりのごとく、後悔に襲われていた。
 「スラマッパギー、マユミ。朝のバリコピでも飲むかい?」部屋から出ると大家のイブがニコニコと声をかけてくれる。「ううん、ティダアパアパ。今日はちょっとゆっくりしておくわ。仕事も休みだし。」真由美も笑顔で応じる。
 「昨夜はずいぶん遅くに帰ってきたもんねえ。なにかあったのかと心配しちゃうわよー。女の子なんだから危険もあるし、夜の風は冷えるし、気を付けないと!ハルス、ハティハティ。」「ヤーヤー、わかってますって。」
 イブはいつもこう言って心配してくれる。それをありがたい、と素直に思えなくなったのはいつからだろう?住み始めの頃は嬉しかったそんなお節介も、日常に慣れ、仕事に慣れ、時間が経つにつれて億劫に感じることが増えて行った。道を歩けばどこに行くかを聞かれ、買い物すれば何を買ったか聞かれ、これじゃ飛び出してきた日本の実家と変わらないな、と思う。バリ島ウブドに住み始めて6年。南の島の時間が過ぎるのは恐ろしく早い。

 真由美の住んでいる部屋は一般的なバリ人家庭の敷地の一角にある。バリの家屋は一つの敷地にいくつかの棟が建てられていてそれぞれに血縁の家族が住んでいるのが普通だが、空き部屋があるとこうして外国人や外の地域から来た人間に貸したりもする。真由美はコスと呼ばれるこの部屋に住みながらホテル勤めをしていた。
 「スラマッパギ~、なんだ起きてたじゃないか。寝坊のマユミが珍しい。」敷地内の東屋に腰を掛けてるとグスティがいつもの調子で声をかけてくる。「アッドゥ、あたしだって早起きぐらいするわよ。あんたこそこんな時間からどこ行くわけ?」「そりゃマンチンに決まってるだろ、はっはー。夕方にはたらふく魚をご馳走するからな。」と言いながら釣竿をクイクイっと上下させる。そのままバイクに跨ると機嫌よくアクセルを吹かして消えて行った。大家の息子である彼と付き合ってから3年が経つ。休みの日だからってデートにいくことはもはやない。
 三十歳の誕生日を迎えて数か月、真由美は少し焦りを感じ始めていた。このままの生活でいいはずがない。今日は休みだ。昨夜聞いたハヌマン通りの空き物件でも見に行こうか。立ち上がったはずみでプッとおならが出た。なにかの吉兆のような気がして真由美は微笑んだ。

つづく